日本は本当にきれいなのか

突然ですが、日本はきれいだと思いますか?
それとも汚いと思いますか?

私は、海外のゴミ問題や汚染状況のニュースを見て、日本はとてもきれいな国だと思っていました。でも、そんな思い込みが違うのではないかと思う瞬間があります。

例えば、近所のスーパーまで買い物へ行くとします。その時に道端を注意深く見て居ると、タバコやビニール袋、ペットボトルや小さな紙切れが落ちています。本当に日本がきれいなのか疑問に感じました。

それから、日本のゴミ総量を知って驚きを隠せませんでした。テレビで見た日本人1人が年間で出すゴミ総量は世界でトップです。もったいない、という言葉が世界で注目されていると言いますが、日本人は物を大切にしていないと思います。

昔はどんな物も大切にして、修理して長く使うのが常識でした。

でも、今は古くなったら新しい物に買い替えるのが普通です。

身の回りにある物も、使い捨てが前提になっている商品が非常に多いです。使い捨ての方が衛生的に良いから、安くて済むから、新商品がどんどん出るから、だから捨てているんです。

食事にしてもそうです。

嫌いな食べ物を残して捨てていますし、飲食店でも賞味期限を切れた食材を大量に廃棄しています。もったいないの精神はどこへ行ってしまったのか疑問です。

かく言う私もテレビの情報を見るまで、もったいないの精神が完全に無くなっていました。時代が変わったと言えばそれまでですが、今は何もかもが溢れ過ぎているような気がします。それに、貧困が叫ばれる現代ですが、それについても疑念が生まれました。貧困で苦しむ人が居る一方で、大量の製品や食品が廃棄されています。

この状況はこれ以上無いぐらい歪んでいて、少し気持ち悪く感じました。

昔なら食べる物が無くて困っている人に、食べ物をおすそ分けするのが普通です。でも、現代だと食べる物が無くて困っている人が居ても、おすそ分けはしないのでしょう。分け与えることをせず、使える物を、食べられる物を廃棄してゴミにしています。

もったいないの精神を持つ日本は既に無いのでしょう。

日本は本当にきれいなのか、私はきれいだとは思いません。

熊本地震をどう考えるか〜緊急時の心構え

御存知の通り、先日熊本を中心とする大きな地震がありました。私どもの分室が九州にあることから、現地の情報が入ってきます。とにかくまずは安否確認をし、その後の度重なる余震に恐怖を感じているそうです。

東北大震災があってからというもの、今では小さな揺れだったとしても、揺れと同時にあの日の記憶が一瞬にしてフラッシュバックする方も少なくないと思います。今回の熊本地震がここからおさまるのか、あるいはさらに被害を拡大するのかは分かりませんが、現地の皆さまのご無事をただただ祈るのみです。

この記事を書いている約3時間前ほどに「熊本地震は南海トラフ地震の前兆である。専門家が緊急警告」という記事が取り上げられ、かなりのPVを稼いでいるようでしたので、私も拝読したところ、専門家からすると今回の熊本地震は「非常に嫌な場所で発生した」そうです。(発生地点/4月14日21時26分に北緯32.7度、東経130.8度深さ11kmを震源とした、震度7、M6.5の地震が熊本県で発生)

この「非常に嫌な場所で発生した」という意味ですが、どうやら「阿蘇山があるから」ということのようです。阿蘇山というのは、長野、静岡、愛知、和歌山から四国を突き抜け、九州に至る巨大な断層の集中帯の上にあるからです。

このような不測の事態が起きたとき、ソーシャルメディアなどではいわゆる「デマ」が横行します。みなさん、パニックになっているので、情報を正しくさばけないという気持ちは分かります。しかし、だからといってそのデマ知ってか知らずかは別にして拡散することだけは避けなければなりません。

不測の事態が起きたときというのは、パニックになります。パニックとは「何がどうなっているのか分からない状態」といっていいでしょう。そして、何がどうなっているか分からないので、その気持が「恐怖」に変わります。人は恐怖を感じると自分の身を守るため、誰かを攻撃しようとしたりします。(私もあなたも思い当たることがあると思います)

信ぴょう性の低い情報をそれが真実だと勘違いし、拡散し、小さなパニックはさらに大きなパニックとなり、誰かが誰かに向けて攻撃し、炎上し、またそれを面白がるくだらない人がいて、煽り、その炎はさらに大きなものとなります。

このような状況の中、正しい情報を探すことは困難です。ですので、結論をいうと、不測の事態が起きたは「まず止まる」です。まずは身体も頭も動かさず、落ち着いて周りと、今も状況を遠くから全体図を見て下さい。感じて下さい。そして深呼吸です。

熊本地震の被害がこれ以上大きくなりませんように心から祈っております。